百年のハンを解く

閔甲完(ミンカブァン: 以下、カブァン)はなぜ自伝『百年恨(ペンニョナン)』を遺したのだろうか。はじめて原著を手にしたときから、この疑問が私の脳裏を離れなかった。皇太子妃に選ばれた名門家の令嬢が歴史に翻弄され、生涯を独身で過ごした物語として日本の読者に提示したくなかった。生誕(1897)百年、韓国併合(1910)百年、没後(1968)五十年など、単なる節目として年表に位置づけてふり返るだけでは納得できなかったのである。

蘇ったカブァンの自伝

2013年12月、韓国コミュニケーションブックスの企画委員から電話を受けた。同出版社の一部門である知識工作所が現代史の伝記シリーズを企画し、その第一弾として発行した李方子(イーパンジャ)の自伝『나는 대한제국 마지막 황태자비 이마사코입니다(私は大韓帝国最後の皇太子妃李方子です)』が予想外に売れ、シリーズ第2弾としてカブァンの自伝を発行する予定だという。まったく予期しなかった連絡に、二人の女性、そしてカブァンと私との不思議な因縁のようなものを感じた。

翌年7月、カブァンの自伝が一部改訂され、50点余りの写真のほか、見出しと詳細な注を付けて『대한제국 마지막 황태자 영친왕의 정혼녀 大韓帝国最後の皇太子、英親王(ヨンチナン)の婚約者』という書名で出版された。

image初版の発行から50年余りを経て、カブァンの自伝が蘇ったのだ。私が収集した写真20点も掲載され、映画「百年恨」のことやカブァンの晩年と葬儀のようす、日本語への翻訳と資料収集に関する記述などが、「百年恨その後のこと」として末尾に加えられた。

ミュージカル「明成皇后」

2016年3月末、ミュージカル「明成皇后 」の20周年記念公演に誘われ、ソウルで尹監督とお会いする機会に恵まれた。監督との話は、もっぱら「明成皇后」の日本公演についてであった。友人に話すと、みな実現はむずかしいだろうと言った。私も同じ考えではあったが、同ミュージカルの日本公演とカブァン自伝の日本語版出版にどこか共通項があるように思われた。

さまざまな立場の人々が、それぞれの思い込みやイデオロギー、政治的利害にもとづいて歴史を語り、双方のメディアがいたずらに増幅している。日韓の歴史と周辺の国際関係をできる限り客観的に捉え、歴史を相対的に理解する姿勢を持つ者が双方に増えることが必要だ。被害者と加害者という二項対立や感情的な次元から抜け出せない人が一定数いることを認めつつ、歴史を相対視できる人々が増えなければならない。年を重ねるとともに、切実にそう思うようになった。

対立しか見えない歴史認識に替え、相互理解にもとづく視点を構築する作業をそれぞれが置かれた状況のなかで推し進める。慰安婦問題に関して「不可逆的」な解決をしたとうそぶく政治家の知性や傲慢さを嘆くのをやめ、彼らの動きを食い止める知性の構築を図らなければならない。過去の歴史という呪縛からある程度自由になり、それぞれの仕方で過去を昇華する作業が必要だからだ。カブァンに自伝を書かせた動機の一端がここにあると考えたい。