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247 나의 저서 “총영사 일기(総領事日記)” 관련 기사 2개

12월15일 아침 신문에, 나의 저서 <총영사 일기>와 관련한 기사 2개가 동시에 실렸다. 저자로서 얼굴이 약간 뜨겁긴 하지만, 신문사에서 독자적으로 판단해 실은 기사라는 점에 기대어 ‘자기 홍보’를 한다.

우선 일본의 유력지인 <아사히신문>이 책 기사를 다루어 주었다. 조간 27면(오사카 지역면) 머리기사로 사진 2장(한 장은 얼굴, 또 한 장은 이쿠노 코리아타운 모습)과 함께 책 기사를 실었다. 아침에 기사를 보고, 기사의 배치와 크기에 나도 깜짝 놀랐다.

기사 제목은 ‘간사이의 정랭민열을 엮다(関西の政冷民温つづる)’로 책 안에 나오는 다양한 민간교류의 현장에서 내가 말하고 느낀 것을 중심으로 소개해 주었다. 마지막에 “역사인식을 둘러싼 갈등의 해결은 쉽지 않지만 양국관계는 반드시 좋아질 것이라고 믿는다”는 나의 말을 인용하며 글을 맺었다.

<니가타신문>은 1면 칼럼 닛포쇼(日報抄)에서 나의 책과 정미애 전 니가타 총영사의 활동을 소개하면서, 최악이라 일컬어지는 한일관계 속에서도 민간교류는 최악이 아니라는 점을 지적했다.

필자로서, 일본의 신문들이 책 내용에 과분한 관심을 가져준 데 대해 감사하고 고마울 따름이다.

https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/nipposho/20201215587289.html

Song of the new century

1960年代初め、母がよく歌っていた歌が頭のなかで回る、くり返し回る。以前から時に思い出すことはあったが、今回はいつになく大きく力強く響く。当時、母が参加していた大衆文化運動の躍動感をよく伝えている。歌の題名は<新世紀の歌>という。A song of the new century とでも訳そうか、戦争に明け暮れた明治日本からの訣別の歌といってもいい。その歌がいま僕を鼓舞してくれる。

1950年前後に共産党員だった父は、60年当時ある上場企業の労組委員長を務めていた。日曜メーデーに家族で参加した写真が残っている。僕は両親がそれぞれの形で自己主張をし、時に激しくぶつかり合う家庭環境のなかで育ったのだ。1960年10月12日、浅沼稲次郎(1898-1960)が暗殺された日のことを鮮明に記憶している。当時、両親のあいだに深い亀裂が生じていた。

自分が育った家庭環境を礼賛するのではなく恨むでもなく、ただそのまま受け入れる。母の生き方をほめたたえるとともに後半生さびしかった父の生き方も認めることによって、自分のこれまでの生きざまを認める。そして、これからの人生を考える。

改正できない憲法の三原則

憲法改正について憲法第96条は以下のとおり定めている。

この憲法の改正は、各議院総議員の三分の二以上の賛成で国会がこれを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票においてその過半数の賛成を必要とする。

2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は国民の名で、この憲法と一体を成すものとして直ちにこれを公布する。

上の憲法改正のための国民投票制国民主権人権保障平和主義という三つの原則は改正できないのだそうだ。ということは、これら三原則と国民投票制に関わらない内容は変更できるわけだ。

many thanks to a youtuber

サイトの tagline を「法令の文章はなぜ難解なのか」に変更し、僕の問題意識を再確認した。以前は「小説の文章と法令の文章」「小説の文章と法令の文章を比較し対照して考える」などとしていた。模試の結果をみて立ち止まって考えた結果である。

昨年の本試験、9月のI塾中間模試、10月のI塾最終模試の点数がすべて130点後半で低迷している(合格にはほど遠い)。コロナ禍の中だるみもあり、十分な勉強量に達していたとは言えないし、塾の講義を聴いて理解することに拠っていたから、学習姿勢が自立していなか った。そこに問題があるとし脱却しようともがいていたが、その方策を見いだせずにいた。

そんな僕を後押しして気づかせてくれたのが youtube の「行政書士独学応援」であった。気づくのが遅きに失した感は否めないが、遅すぎはしない、そう思うことにしよう。

I塾の最終模試

I塾の最終模試を受けた。午後1時から4時までの3時間マスクをつけたまま集中力を絶やさないのは案外つらい。本番と同じく飲み物を飲まずトイレに立つこともなく過ごした。終わったあと自己採点もせず、ぶらっと渋谷駅周辺を歩いた。結果を見ないで、模試が終わって一息つきたかったのだ。

70歳の気むずかしい老受験生に付き合わざるを得ない妻を思い、カステラを買った。採点は家に帰ってからの楽しみに取っておこう、と言えば聞こえはいいが、本当は結果を知るのが怖いのだ。前回と較べ少しでも上がっていればよいのだが。自信はまったくない。

自己採点の結果、9月中旬の模試とほぼ同じ点数だった。前回は記述問題がまったくだめだったが、今回は記述が20/60点ぐらい取れた。なのに総合得点が前回と同じだから、選択問題は今回のほうが悪いことになる。がっかりだ。

憲法前文を読みなおす

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意したわれらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふわれらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ

サイトデザインの変更

サイトのデザインを一新しタイトルを oguris.blog から fiction and nonfiction に変更した。ヘッダーの写真は上海交通大学のキャンパスにある建物の一つだが、閔甲完が1920年代初めに通った晏摩氏女中の建物と同じ様式の建築物だ。場所は正確に特定できなかったが、同じ場所にあったことは間違いないと思われる。

写真左上: 上海交通大学内 写真左下: 晏摩氏女中の校舎 写真右: 晏摩氏女中 Ms H. F. Sallee 校長

翻訳と創作(1)

小説や随筆を書くことは誰もが創作行為として認めるが、その小説を原作またはその翻訳文から翻訳または重訳する行為はどうであろうか。多くの人はそれを創作とは認めないだろう。最近はインターネットを介して簡便に翻訳することができ、新聞や雑誌記事の場合はある程度まで脈絡の通じる翻訳文が製造されるため、翻訳という行為の創作性は減ずる傾向にあると考えることもできる。

翻訳の創作性を考える手がかりとして、着想や構想のない状態、いわばゼロからの執筆を<全的な創作>と考えることにする。これに対しテーマや課題を与えられた場合の執筆を<部分的な創作>と呼ぶ。このように区分すると、読書感想文や評論、最近増えてきたフォトエッセイなどは<部分的な創作>になる。絵画におけるモデルの存在をどう捉えるかという問題はあるが、写実(主義、派)という言葉があるとおり、それは創作の対象として理解され、部分的な創作とはみなされないようだ。

また、翻訳に直訳と意訳という二つの訳し方があるとされている。直訳は翻訳される文章や構文に沿って訳すことをいい、意訳は翻訳する言語と文化に沿って読み手が理解しやすいように訳すことをいう。こういう二つの翻訳方法があるとする考え方について疑問を呈することもできるが、ここでは翻訳に直訳はあり得ないということだけを指摘しておく。一見、絵画における写実や具象と直訳を比較できると考えることができそうだが、まったく異なるものであって比較できない。意訳と抽象(派)を比較できないのと同様である。ただ、翻訳される文章が写実的であれば、翻訳する文章も写実的になるべきだということは言えると思う。

翻訳を考える際にもう一つ考慮すべきことがある。原文と翻訳文の言語間の距離によって翻訳の方法が大きく左右されることだ。一般的に翻訳という行為について語ることはできるが、それだけでは偏頗な翻訳論に陥りがちである。日本は19世紀から欧米の言語と日本語の関係をもとに翻訳について考えてきたが、それだけでは不十分だ。たとえば、英語と日本語に関する翻訳論と韓国語と日本語に関する翻訳論では、翻訳することの一般的な意味合いが同じであっても、その方法や内容が違う。英語と韓国語では日本語との距離(構文の組み立てや語彙の類似性や近さ)が相対的に大きく違うからである。日本語と多言語間の翻訳について十分検討する必要がある。

内容や文章の記述スタイルによって翻訳しやすいものと翻訳しにくいものがあること、翻訳できない内容があることなど多様な観点を取り入れることも必要だ。同じ原文について複数の人が同じ言語に翻訳しても、必ずしも同じ翻訳文にならないと考えることも必要かと思う。一つの文だけでなく、文章全体となれば、その違いは決して小さくないということである。二つの言語の単語や語句のあいだに一対一対応が成り立たないように、翻訳文と原文のあいだにも一対一対応はあり得ないと考えるべきである。多対一対応というわけでもないが。

222 오사카 민단 주최 제75주년 광복절 기념식 개최

코로나 재유행으로 연기되었던 오사카 민단 주최 제75주년 광복절 기념식이 9월20일 열렸다. 오사카총영사관 관할 지역 중에서 교토부, 시가현, 나라현, 와카야마현 등 4개 지역은 8월15, 16일에 소규모로 기념식을 마쳤는데, 오사카부만 연기한 바 있다.

오사카 민단은 삼일절도 4개월 보름이나 연기해 연 적이 있다. 아마 오사카 민단 역사상 삼일절과 광복절 행사가 모두 제날에 열리지 못한 것은 전후후무한 일이리라. 코로나 위력이 대단함을 다시 한 번 느낀다.

오사카 민단본부 5층 강당에서 열린 이날 기념식에는 민단 간부를 중심으로 130여명이 참석했다. 예년에는 5-6백명이 참석해왔는데, 코로나 감염 방지를 위해, 참석 인원을 3분의 1 정도로 제한했다. 입장할 때 손소독을 하고 체온을 측정하고, 식을 하는 동안 모두 마스크를 썼다. 이제 누가 말을 하지 않아도 누구나 지키는 수칙으로 자리 잡았다.

이날 행사에 앞서, 8월15일에 한국방송이 재일동포들이 조국의 독립과 발전을 위해 힘써온 역사를 제작해 방송한 <당신이 대한민국입니다>라는 프로그램을 보는 시간을 가졌다. 또 대통령 경축사의 일본어 번역본도 미리 참석자에게 배포했다. 예전처럼 본국과 같은 날에 행사를 할 경우에는 있을 수 없는 일이다. 그러고 보니, 코로나가 마냥 나쁜 면만 있는 것은 아니다.

나는 기념식에서 대통령 경축사를 대독했다. 이전에는 한국말로 낭독하는 경축사를 따라잡지 못하는 동포가 많았는데, 번역본 때문인지 청중의 집중력이 느껴졌다.

광복절 기념식에 앞서 같은 건물 안에 있는 문화원에 들려, 현재 열리고 있는 ‘일본 속의 한국문학’ 전시회를 둘러봤다. 또 한국에 관한 온라인 배신용 토크쑈를 녹화하기 위해 모인 한일 부부 4쌍을 격려했다.