カヴァン自伝

ミンカヴァン(1897-1968)は1962年10月に自伝を出版している、満65歳のときだ。いつのまにか僕は当時のカヴァンの年齢を過ぎてしまった。自分がその年齢を超えることなど想像だにできなかった自分を振り返り、長年の自堕落に愕然とするばかりだ。

以下、自伝序文の拙訳(2016年11月に仮訳したもの)を再掲する。カブァンの自伝翻訳にとりかかる宣言である。底本を『대한제국의 마지막 황태자 영친왕의 정혼녀』[大韓帝国最後の皇太子・英親王の許婚者](지식공작소 Communicationbooks, 2014)とする。

波乱に満ちた私の生涯をいつか記録に残そうと思いながら、70歳を間近にしてようやく筆を執ったものの、なかなか進みません。数えきれないほどの怨みや辛かったことを、すべて文章にすることなど到底できませんし、とるに足りない愚痴っぽい身の上話になってしまう気がしてならなかったのです。

皇太子妃に選ばれながら、一生結婚もしないで哀しい人生を送った名門家の令嬢など、今では恥ずべき運命かもしれません。国を愛し家門に恥じまいとして、ひたすら貞節を守っただけの人生ではなかったでしょうか。東方儀礼の国と呼ばれる朝鮮で当たり前とされた生き方が、今でも名誉になるでしょうか。

人生は悲しみと喜びの綱渡りで、すべて運命だったと自ら慰めつつ、本当は果敢に運命に立ち向かい、切り拓くべきだったろうと思います。世間には独身を貫く人も少なくありません。仏僧や尼僧、神父や修道女だけではなく、芸術家や作家、科学者、社会事業家にも独身の人がいます。名誉や純愛ゆえの独身もあるでしょう。どれにも当てはまらない私は特異な独り者です。

王妃になるという形だけの婚約をしたばかりに、その後50年ひとりで苦難の道をたどることになりました。こんな悲劇があっていいはずがありません。ちりぢりに引き裂かれた女の一生。悲しさと寂しさに泪も涸れてしまいました。半生を振り返ると虚しいばかりで、自分が不憫でなりません。

愛や信仰を守り抜こうとして独身を貫いたのなら、生きがいを感じたかもしれません。身体や精神の障害だったら、別の生き方もあったでしょう。青春を無為に過ごしてしまった私は今、人生のたそがれにたたずんでいます。

最近、自分を見失って命をないがしろにする人が多くいます。私のような一生もあったというのに、なぜ若者たちは尊い命をどぶに捨てるように死んでいくのでしょう。大きな目標のためではなく、自己の欲望に駆られ、耐え忍ぶ力がないために死んでいく人を見ると、胸が痛みます。そのたびに私は自らの人生を書きとめようと思いました。

ささいな誤解や熱病のような恋愛が命を奪うこともあります。流行病のように命を断つ人もいれば、小さな苦しみに耐えられずに、身をもちくずしてさまよう若者もいます。悲しくも辛かった私の一生が、闇に沈む人びとに一条の光を届けられたら──とるに足りない私の人生の記録を読み、これから世に羽ばたいていく人たちが生の喜びを感じ、命の尊さに気づくことを願ってやみません。

1962年10月

序詩一首

国破君亡風雨裡、忠義守節有何人、若無當世閔閨秀、故国江山寂寞春

国破れ王君亡く風雨せまる、忠によって抗し義によって節を守り民族の魂を持ち続けた女性、注目はされなかったが、百年の恨(ハン)を胸に秘めた閔閨秀が世にいなかったならば、礼儀を重んじることで名高いこの東邦の国は光をなくした歴史のなかで寂しい春を迎えるのだろう

碧雲(ピョグン)[1]

[1] 原文 벽운

2016.11.18

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