奈良の東大寺正倉院の通称。 建立は、奈良時代(756)。
「 正倉 」とは、元来「正税を納める蔵」の意で、大寺には、上納された物を保管するために設けられていた。
聖武天皇が亡くなった時、その妃の光明皇太后が、天皇の遺品を収めたもの。 北・中・南の三倉に分かれ、校倉造(あぜくらづくり)といわれる防湿建築様式をとっている。
収蔵品は、当時の貴族階級の調度品、楽器、武具など貴重な物ばかりである。
毎年、奈良国立博物館で「 正倉院展 」が十月末から二週間ほど開催され、今年で七十回目を迎える。
温故知新ではないが、古の状況を踏まえて、文化の伝播を如何にするかを考えてみることも、時には必要で、新たな発想につながるのでは…と思う。
「 正倉 」とは、元来「正税を納める蔵」の意で、大寺には、上納された物を保管するために設けられていた。
聖武天皇が亡くなった時、その妃の光明皇太后が、天皇の遺品を収めたもの。 北・中・南の三倉に分かれ、校倉造(あぜくらづくり)といわれる防湿建築様式をとっている。
収蔵品は、当時の貴族階級の調度品、楽器、武具など貴重な物ばかりである。
毎年、奈良国立博物館で「 正倉院展 」が十月末から二週間ほど開催され、今年で七十回目を迎える。
温故知新ではないが、古の状況を踏まえて、文化の伝播を如何にするかを考えてみることも、時には必要で、新たな発想につながるのでは…と思う。