一身にして二生を経るが如く

6月中旬、米国のシアトルに約1週間滞在した。2年間のMBA課程を修了した娘の卒業式に参席するためだった。卒業式のプログラム表紙に Commencement とある。「始まり」の意味しか知らなかったが、米語では大学の卒業式をいうらしい。

卒業式はアメリカの青春ドラマそのものだった。幼子を抱き、子どもと手をつなぎながら卒業証書を手にする登場人物たちを見ながら、こういう体験をできる彼らを心から羨ましく思った。日本の卒業式とはあまりにもかけ離れていた。夕方約2時間、誰のスピーチも司会もないパーティが、MBAの建物のロビーほかで行われ、その後、場所を移動して、夜7時から約2時間の式が催された。

冒頭、TEDを思わせるステージ上を歩きながら体験を交えて語りかける大学理事のスピーチがあり、続いて Evening と Full time の卒業生代表のスピーチが行われた。後者の一人は日本の鹿児島県出身だった。会場にいたであろう母親に向かって「…この場を借りて」とひと言だけ日本語で感謝の言葉を伝えていた。いずれも感銘深い内容だった。

時代と家庭環境

誰でも留学できる時代だから、時代が彼女を後押ししたといえよう。とはいえ、大学院に留学して卒業することは容易ではない。それに挑戦しようとすること自体、相応の精神力と体力が求められる。彼女はなぜ挑戦しようと考えたのか。幼いころからまっすぐで無謀なところがあったが、無謀さだけでは留学しようと思わないだろう。さまざまな要因があったろうが、彼女を押したのは母親だったろうか。やはり、彼女の無謀さだったろうか。

とはいえ、外国語という壁も大きかったろう。元来、勉強するよりは身体を動かしているのが好きだった。それらを補い、MBA 留学するために、1年間 MBA 専門の予備校に通った。そういう準備をしても、留学してから半年ぐらいは授業についていくのがやっとだったようだ。文化や制度を含む外国語の壁は想像以上に高い。

教育風土

文化や制度のなかで最も大きい違いは教育風土だったように思う。戦後、日本は米国の教育制度を押しつけられたが、教育風土までは変えなかったようだ。藩校や私塾、寺子屋などが日本の伝統的な教育風土を培ったのだろうか。家庭や社会そのものに根ざした風土だろうか。授業中は教師の話を静かに聴くように教えられ、目上の人をただ年上というだけで敬うように教え込まれ、その人と対立する意見を述べることは失礼だと習った。こういう教育風土を「儒教的」ということもできるだろう。

米国の教育風土はまったく異なるようだ。大学院では、教授が講義しているさなかに学生たちがひっきりなしに質問し、コメントし、意見を述べるそうだ。初等教育以来そういう風土で育った人々のなかで「儒教的」な風土で育った者が、教授に対して自分なりのコメントをし、意見を述べるのは容易ではあるまい。韓国や日本の学生は、なかなかこの風土になじめないだろう。現代の韓国や日本が儒教社会だとは思わないが、欧米と比較して「儒教的」なのは否めないと思う。

福澤諭吉の「一身にして二生を経るが如く」を思い出す(『文明論之概略』)。彼のいう「二生」とは、江戸時代の封建社会と明治時代の欧米化した近代社会のことだと思う。人は一生のあいだになかなか「二生」を経験できない。それを娘が体験したであろうことを誇らしく思う。

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