壱里如: 天気晴朗なれど波高し

明治三十八年(1905)、113年前の五月二十七日、連合艦隊が、ロシアのバルチック艦隊を対馬海峡で撃滅した。
その際、「敵艦見ゆ」の急報を受け、参謀の秋山真之が、東郷司令長官の名で、大本営に打電したものが下記である。
「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊はただちに出動、これを撃滅せんとす。本日天気晴朗なれど波高し」
「天気云々…」に関し、戦いを控えて無用な風景描写…、明治の軍人は風流…、などといわれた。
しかし、これは具体的な状況報告であった。
「天気晴朗」は、空がよく晴れて視界がよくきき、戦闘にはもってこい…
「波高し」は、敵艦隊は遠路の航海で、疲労と訓練不足で、射撃技術が低下しており、波が高ければよけいに照準を定め難い。
一方、日本艦隊は準備万端で、有利である旨の戦況分析である。
でも、いくら分析が正確で、的確な判断だったとしても、次善の策であり、本来なら、この分析力を活かし、武力衝突を避けて、平和裏に対応・処理することが最善といえるのだろう。

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