ミンカブァン自伝: 日本のものになった大韓帝国

【光化門の前にある大韓民国歴史博物館に行った。1900-10年のコーナーに閔泳煥氏が名刺に書いた遺言を展示していた。以下、ミンカブァン自伝の仮訳より引用】

1905年に大韓帝国と日本が結んだ日韓保護条約により、大韓帝国はいっさいの外交権を失いました。国民にも知らされず、日本政府によって強制的に結ばれた条約のことが発表されるや、人々は驚き、そして怒りました。国に殉じようとする者もいました。国中が激しい嘆きに包まれ、深い悲しみに沈みました。

1905年[1]12月28日の夕方、貞洞(チョンドン)[2]の叔父の家の使用人が、この事実を伝えに来ました。たちまち家中が騒然となり、春川(チュンチョン)にいた父にすぐ戻るように連絡しました。私の先生は学問を教えるのもとりやめ、飛び出していきました。

保護条約が結ばれ、大韓帝国は日本のものになってしまったのです。学生たちは学校の校門を閉ざして慟哭し、キリスト教会の信者たちは天を仰いで泣き悲しみました。商人たちもいっせいに店を閉めて嘆きました。儒生たちは一堂に集まり、国に上訴しました。元老大臣たちは連日、抗争をくり広げました。

250759445887325C1ADE49[写真: gdlsg.tistory.com/m/1664]

まだ8歳だった私は詳しい内容を教えてもらえませんでしたが、内務大臣を経験し、以前兵判(ピョンバン)[3]だった叔父が亡(な)くなったことだけは知っていました。叔父のことを貞洞(チョンドン)宅、兵判(ピョンバン)宅と呼んでいました。

211939455887331420295D[写真: gdlsg.tistory.com/m/1664]

当時、侍従武官長だった閔泳煥(ミン・ヨンファン)[4]叔父は、元大臣と連名で上訴し、条約の撤回を要請しました。その思いを果たせなかった無念を国民と各国公使宛の文章にしたためた後、自害しました。その貴い血が「忠竹」になり、人びとに殉国の志を見せたのです。

しかし、一度傾いてしまった国は、もう建て直すことができませんでした。各地で学生の蜂起が起こり、朝廷では殉死する忠臣も出ましたが、ほとばしる熱気がいたずらに噴出するばかりで、国家と民族を取り戻す力にはならなかったのです。

元大臣たちは再び救国の道を求め、有能な人材は海外に派遣させられました。私の父も、イギリスから帰国してほぼ3年で、清国[5]の公使として北京に行くことになりました。

私たち家族にとって7番目の男の子のチョネンが生まれて4ヵ月ほど経(た)ったころのことでした。数えで9歳になるまで妹や弟がいなかった私に、ようやく弟ができたのです。母は何人か子どもを産みましたが、みな幼くして死んでしまいました。天の加護で助かったという意味で、弟は天幸(チョネン)と名づけられました。

弟なしに育った私はチョネンの存在が奇跡のようで、心から嬉しく思いました。乳母が乳を飲ませるときも眠っているときも、付きっきりで見守りました。チョネンが満1歳を過ぎ、よちよち歩きができるようになると、私が一手に世話を引き受けました。青木堂(チョンモッタン)から取り寄せたパンと牛乳を、決められた時間に与えて育てたのです。

【ソウル周辺地図】

[1] 陰暦では12月(冬至月)3日
[2] 典洞、コンピョン[公平]洞2番地
[3] 兵曹判書
[4] 閔泳煥(1861-1905)、ミョンソン皇后の甥、兵曹判書、刑曹判書(軍務大臣)等を経て漢城府判尹(長官)になった
[5] 満州族が建てた王朝(1636-1912年)初め盛京現在の瀋陽)に都を置き、1644年北京に移した

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