婚約指輪と父の憂鬱

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季節が移り変わり歳月が流れて、1908年1月23日[1]の朝、私の家に皇室から使いの人が来ました。日を選んで婚約の記念の礼物を渡すので、国が混乱のさなかにあって礼法どおりに行うことが難しいことを了解し、礼物を受け取るようにというのです。婚礼の日取りは後日定めるとのことでした。

同じ日の午後、新皇帝(純宗(スンジョン))のうば、文(ムン)尚宮(サングン)が礼物を持ってきました。飾りひもに通した指輪一対が赤い糸で同心結びに結ばれ、表が赤で内側が緑色の絹のポジャギ[2]で四角い形に包まれた上に墨で婚約指輪と書かれていました。これで皇太子妃になるための第2回の儀式が終わり、永遠に李(リ)王家の人になってしまったような気がしてなりませんでした。

チョネンが四歳で私が数えで13歳になった年の秋、4年ぶりに父が北京から帰国しました。久しぶりに父が帰ってきて家が活気を取り戻し、にぎやかになりました。でも、父はいつも国のことが心配でならない表情をしていました。

「お前が国母ともいわれる皇后になろうというのに、国が傾いていくのをどうしたらいいのだ。国運が傾くときは、いっそ平民でいたほうが幸せなのに。ああ、これからどうなるのか見通しが立たないのでもどかしい」

と、ため息ばかりついていました。帰国した父は以前と同じ承候官の職にあり、毎年6月はイウン殿下のお母上である厳(オム)尚宮(サングン)(妃)の誕生祝いの準備で忙しくしていました。

[1] 陰暦1907年12月20日
[2] 表と内側を重ねにして作ったポジャギ(ふろしき)

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